郡中の歴史的建物

当時、牛飼ヶ原と呼ばれた広大な松林のある浜辺を寛永13(1636)年、上灘村の宮内九右衛門・清兵衛兄弟が大洲藩主に願い出て拓いたこの地。文化14(1817)年の布達により「郡中」と呼ばれるようになりました。

灘町・湊町界隈を散策すると、江戸時代後期から大正時代にかけて建てられた建物が今でも見ることができます。

※ダウンロードしたファイルにBGM・字幕は入っておりません。