彩浜館

郡中町の有志たちが資金を拠出し、1894(明治27)年、「異人建て」といわれた洋風トラス組みの彩浜館(さいひんかん)は建てられました。日露戦争の最中、松山に収容されていたロシア兵捕虜将校を接待して喜ばれた記録があるほか、1909(明治42)年には伊藤博文が来遊しています。彩浜館の裏庭には「さざえ堀」があり、港を築いた時、らせん状に石を積んで造り上げた堀で、今でも潮の干満を知ることができます。1989(平成元)年に旧館の姿そのままに改築し、現在に至っています。